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ヒノキブンの歴史

おかげ様で創業127年! 感謝!

 おかげ様で、2017年をもちまして、創業127年を迎える事が出来ました。それを機に、現会長酒井和雄より6代目代表取締役に就任しました。月並みではありますが、地域の皆様、お客様、取引先、先輩社員、先祖、両親に感謝の気持ちでいっぱいです。

 創業者文右衛門の先祖は、今から約450年前の長島一向一揆で養照寺(名古屋市西区)さんと生き延び、名古屋開府の清洲越しの際、美濃路沿いに養照寺さんと住み着いたと聞いています。代々、文右衛門という名前で、自宅を店として柄杓を作っていました。(社名のヒノキブンとは、檜物屋文右衛門が由来)明治23年には、現在の本社所在地に工場を設置し、経木(きょうぎ)・蓄電池部品の制作を始めています。

 3代目 酒井 清一は、『こんな事をしていてはいけない。』が口癖で今迄の仕事を止め、薄板(折箱)の仕事を始めました。全国をまわり、釜山にもお客様があったそうです。戦時中は、勝藤屋今井商店(京都市)に納入していた関係で、滋賀県甲賀郡甲南町(現甲賀市)に疎開し、木材で航空機部品も作っていました。また、『昭和天皇皇后様が、名古屋ご巡幸の際、座られた椅子は、ヒノキブンが納めたもの。』と喜んでいたと聞いています。

会長(酒井和雄)と社長(酒井文和)
会長(酒井和雄)と社長(酒井文和)

創業者である酒井文右衛門
創業者である酒井文右衛門

 4代目 酒井文雄は、戦後職人がいないにもかかわらず「仕事が無く、何とかしなければ・・・」という思いで、進駐軍向けに洋家具の木材加工をはじめました。その後、百貨店外商部の営業エリア(名古屋市近郊)を避け、田舎廻りしながら、官公庁向けの机や椅子等の家具を作っていました。

 昭和30年代にスチール家具のカタログ販売が始まり、注文家具の仕事が厳しくなりました。(実際にカタログを見た時、現会長(酒井和雄)は、もうこの仕事は無くなる。と感じたそうです。)大和ハウス工業(株)に営業した折に、「ミゼットハウスの壁パネルを作らないか。」と言われました。職人さん達は皆、注文家具と量産の加工費の違いで「コストがあわない。」と反対したそうです。その後、なんとかコストがあうようになると、ミゼットハウスが生産中止になりました。自社に販売部門が無かったため、販売先を開拓した事が、現在のハウス部門の始まりです。

 昭和40年代になると住宅の量産化の時代に入り、内装間仕切パネルは、建具屋さんが、加工費が安く仕事を断った為、当社が受注しました。その後は、名古屋市市営住宅や愛知県県営住宅及び住宅整備公団【現UR都市機構】の内装パネルの指定工場となり、主力事業となりました。この仕事は公共工事の減少で撤退しましたが、現在はツーバイフォー住宅パネル製造部門(パーツ部門)に引き継がれています。

当社製造のひしゃく 製造年月日不明
当社製造のひしゃく 製造年月日不明

創業時に当時製造していた経木
創業時に当時製造していた経木

 また、近年は、大規模修繕(外壁の塗装・耐震工事)も始めました。(ビルド部門)

 なぜ、私が長々と会社の歴史を紹介したかというと、10年ほど前にある経営者の勉強会で酒井君「百年以上続く会社はそんなにない。偶然では、100年続かない。必然である。先代や先々代が元気なうちに苦しい時どうやって乗り越えてきたのか。どう判断してきたのか勉強するように。」とアドバイスを受けたからです。

 私は、1998年6月に幣社に入社しました。97年に山一ショックが起こり、毎年売上が減少し、減少が止まっても横ばいでなんとか赤字にならない程度の状況でした。亡くなった祖母が、『がんばっても従業員に給料が払えなくて本当に辛かった。清一(3代目)さんが、一生懸命やっていれば、なんとかなると言っていたが、本当になんとかなった。私は、運がいい。』とよく言っていたのですが、素直に聞けない状態でした。が、会社の歴史を振り返りいろいろな学びがありました。

 三代目清一が『商売というものは、面白いものでいろいろやっていると身替りできる面があって悪い時、いい時過ごしていけるものだ。』と言っていたことを知り、まさにいろいろな事にチャレンジしてきた我が社の歴史を知る事ができました。

 祖母政子からは、ほどほどが良い(やりすぎない)ことやあきらめない不屈の精神を学び、父からは、『取ってから、考えよ。』(仕事をする前から心配していては、先には進めない。)『整ったら、終わり』(仕事は、仕組みができてもうこれで安心という頃に無くなる。いつまでも、同じ仕事は続かないから、少しずつ新しい事に取り組まなければならない。)という経営哲学を学びました。

 そして、現会長からは、どういう思いで経営してきたか、尋ねたところ、「あっという間に50年。お客様がその時代に必要とするものやサービスを提案し、満足してもらう。それが出来れば、社員やその家族の幸せそして会社の発展につながる。』と教えてもらいました。それを元に我が社の新しい経営理念を策定いたしました。

ミゼットハウスの壁パネル製造
ミゼットハウスの壁パネル製造

昭和40年頃の先輩方の打合せ風景
昭和40年頃の先輩方の打合せ風景

当社開催感謝イベントは、お客様の必要とするものが発見できる貴重な場でもあります。
当社開催感謝イベントは、お客様の必要とするものが発見できる貴重な場でもあります。

経営理念

本(もと)を務る (根本を果たすために力を尽くす)

ヒノキブンの本(もと)とは、

※1番は、世の中へのお役立ち(社会貢献)2番は、いい仕事をしてお客さんに喜んでもらおう(顧客満足)
3番は、前会長の経営理念(信頼と魅力)と私自身の考え(協働)そしてヒノキブン哲学(チャレンジ精神)の承継
4番は社員の物心両面の充実と会社の発展という4つの根本を一生懸命頑張ろうという経営理念です。

CSR

CSRの取組み事例

環境にやさしい社会の実現
  • 現場や三重工場での木材の端材を近所の方やバイオマス発電へ無償提供
  • 三重物流倉庫にて自然エネルギーの活用(太陽光発電の設置)
  • 分別ボックスの配置等でオフィス古紙の分別回収
  • 社内資料のペーパレス化(IT・クラウドサービスの活用)
  • 不要照明の消灯の実施

環境にやさしい社会の実現

安心・安全で豊な暮らしの提供
  • ISO9001の取得
  • 住宅の高断熱化
  • 賃貸住宅の空室を高齢者福祉施設、児童デイサービスへの改修工事

安心・安全で豊な暮らしの提供

健康で快適な職場環境への整備と多様な人材育成
  • 積極的な設備投資で、高齢者に優しい職場づくり
  • 職場照明のLED化
  • 入社5年未満の社員を対象に、毎週勉強会の実施
  • 地元中学生(大安中学校)の職場体験の受け入れ

健康で快適な職場環境への整備と多様な人材育成

地域社会への貢献
  • 健全な納税
  • 障害者や高齢者の雇用
  • 上更交差点歩道橋での清掃活動

地域社会への貢献

ステークホルダーとの良好なコミュニケーション
  • 毎月、オリジナルニュースレターの発送
  • ふれあいフェスタ(社内イベント)を通じての募金活動

ステークホルダーとの良好なコミュニケーション